目的別やど(宿)探し!おすすめ「キーワード」は?

旅の宿(やど)を探す楽しみとシニアライフでの遊び、学びなどをテーマに書いています。

朝早く起きて初夏のパリの街を散歩する

パリはバルセロナ、ウイーン、フランクフルトなどヨーロッパ各地に出張する際の中継地として、いつも2,3日は滞在していました。もちろん直行便を使うこともできるわけですが、なぜかパリでの定例の会議などが入り、それらをこなしてから目的地に向かうことが多かったような気がします。

パリに滞在したときは、仕事前のフリーな時間を少しでも有効に使いたいと思い、毎朝6時前にホテルを出て、少しもやのかかったような初夏のパリの街をぶらぶら散歩していました。パリに滞在するときはなぜか7月上旬が多く、パリジャンたちはバカンスにでかけているのか、街は閑散としており、落ち着いて散歩が楽しめました。

 

(写真は楽天トラベルより)

ナポレオン像の円柱のあるバンドーム広場やチュイルリー公園に近いインターコンチネンタル・パリという19世紀のパリ万博の際に建てられた古いホテルに泊まっていたので、まずバンドーム広場に出て、そこを起点として、その日の散歩コースを考えました。とりあえずシャンゼリゼ通りを目ざし、そこから凱旋門に向けて歩いたり、またルーブル美術館にも近いのでその周辺やセーヌ川の畔を歩いたりと、早朝からの散歩を心ゆくまで楽しみました。

 

 

1時間半ほどゆったりとした一人きりの朝のパリの散歩を楽しんでホテルに帰ると、楽しい朝食ビュッフェが待っていました。昼食と夕食は毎日外でとっていましたが、朝はホテルのビュッフェで食事をするのがとても楽しみでした。

 

 

朝食ビュッフェのメニューで好きだったのは、バターの香りが鼻をくすぐるクロワッサンと、カリカリに焼いたベーコン、そして種類豊富な夏のフルーツや野菜サラダなどで、これらが好きなだけ食べられるので、ゆっくり時間をかけて至福の時間を過ごしました。

 

さて、インターコンチネンタル・パリは、日本の西武グループに買収されたとかと言う話を以前ニュースで見たこと、さらにその後西武が手を引き、どこかに身売りされたというニュースも見た記憶があり、今はどうなっているのか気になりネットで調べてみました。

すると、現在はウェスティン・パリ・バンドームという名前に変わっているようです。念のために地図で確認すると、近くにバンドーム広場やチュイルリー公園があるので間違いありません。

昔のインターコンチネンタル・パリの印象は、建物は古く、ソファーなどの調度品も古色蒼然としていましたが、落ち着いた雰囲気の居心地の良いホテルでした。

朝ロビーに降りると出発前の客の荷物なのか、ルイヴィトンの大きなスーツケースがいくつも山積みにされているのに驚きました。ヨーロッパの貴族かアラブの王族でも泊っているのかと思わせるような光景で、さすが由緒あるホテルなんだなと思いました。

今回のパリオリンピックの開会式のビデオを後でゆっくり見ていたら、ルイヴィトンの工場の映像が出てきて、スーツケースのようなルイヴィトンのロゴ入りの皮張りの大きな箱がセーヌ川にかかる橋(ポン・ヌフ?)の上を運ばれていたので、ついあのホテルのロビーの光景を思い出してしまいました。

 

今回のパリオリンピックのおかげで、20年以上ご無沙汰している、なつかしいパリの風景を楽しむことが出来てとても嬉しいです。いろいろな名所を通るマラソンがとても楽しみです。

各競技での日本の選手の皆さんのご活躍を応援しています。

 

 

 

 

 

パリの雨の空の下、セリーヌ ディオンが「愛の賛歌」を歌う

今朝、6時ごろにテレビをつけたらパリオリンピックの開会式のセレモニーがまだ続いていた。

バッハ会長などの挨拶が延々と続いた後、聖火リレー、気球のような聖火台に火がついて夜空に浮かび上がる、エッフェル塔からはカナダの歌手セリーヌ ディオンが歌う「愛の賛歌」が朗々と響く。

2年ほど前に筋肉のけいれんや硬直を起こす神経疾患にかかり、引退も噂されていたセリーヌディオンが力強い声で「愛の賛歌」を歌ったのはとても感動的であった。

 

 

土砂降りの雨の中であったが、有名な建造物や風景をうまく利用して伝統的な街パリを演出した、おしゃれなセンスの開会式であった。

聖火リレーの沿道には多くの人々が集まり、また観客席の人々もほとんど帰らなかったようで、何はともあれよかった。

 

ところで、昨日の夕方のテレビ中継でも雨が降っていると言っていたので、この季節によくある「例のスコールか?」と思っていたが、どうやら、その雨が開会式までずっと続いていたらしい。

 

かなり昔であるが、7月上旬にパリに出張したときに、昼間ものすごいスコールに見舞われたことがあり、そのとき一緒にいたパリ在住の後輩から、「パリではスコールは日常茶飯事ですよ」と言われ驚いた。北海道よりも緯度の高いパリでスコールが日常茶飯事とは不思議だったが、たしかにその滞在時にも、また数年後に同じ時期にパリに行った時も何度かスコールにあったのでようやく納得できた。

 

夏のシーズンだけの気象現象かどうかはわからないが、現在オリンピック見物に出かけている人も、これから観光でパリを訪れる人なども参考にしていただきたい。

もっともパリジャンたちはスコールなど気にせず傘もささずに歩いているので、パリの雨に濡れるのも一興かもしれない。気になる方は携帯用の傘かビニール合羽などを用意されておくとよい。オリンピックの開会式の観客にもビニール合羽をまとっている人が結構いました。

パリ冬ーガラスのピラミッドからモナリザへ

1990年の年末からの家族旅行でオーストリア、ドイツを巡ってパリに着いたのは正月2日。翌3日は朝からパリを散策。

 

今にも雨か雪が降ってきそうな、どんよりとした曇り空の下のパリの寒さはウイーンほどではなかったが、できれば明るい太陽の下で散策したかった。

 

バリで何としても行きたかったのはルーブル美術館。

 

1989年にはガラスのピラミッドが建造され、話題になっていたので、どんなものか興味深々だったし、なによりも現物を見たい美術品が沢山ありました。

ピラミッドのような三角錐のガラスの建物は、ルーブル美術館の入り口になっていました。

f:id:toratoramaru:20211114082942j:plain

 

その年(1991年)の1月にはアメリカがイラクを攻撃することが確実視されていた不穏な情勢のために警戒が厳重になっていたのか、いつもそうなのかは不明でしたが、ガラスのピラミッドのセキュリティゲートでは警備員がものものしく入場者の手荷物検査をやっていました。

 

私のショルダーバッグの中身を点検していた警備員の目が肩にかけていたカメラに止まり、「オー、サムライ」といって、見せてくれというジェスチャーをしています。

そのカメラは京セラが当時発売していた「サムライ」というブランドのカメラでした。なにか特別な機能があって買ったのか、デザインが面白くて買ったのか記憶が定かではありませんが、当時は気に入っていたカメラであり、遠く離れたパリでも「サムライ」が知られていたのかと少しうれしくなりました。

なんと、その警備員は「そのサムライを売ってくれないか?」とまで言ったのです。

フランス語でジェスチャー混じりで言ったのか、英語で言ったのかも覚えていませんが、「お金を払うから売ってくれ」と言っていることがよく分かりました。

何度もしつこく頼まれたけど、とにかく断わりました。旅の写真がいろいろ入っているカメラを売れるわけがないではありませんか。

冗談半分だったからかも知れなかったが、警備員は笑いながら了解してくれました。

 

セキュリティを通った後は,直ちにモナリザの展示されているドュノン翼の2階に向かいました。

 

モナリザを独占できた夢のような時間

 

モナリザが日本に来たのは1974年の4月のことです。公開された東京国立博物館には連日モナリザを一目見たいという人々が殺到したとのことです。

その時は本当に一目しか見えなかった、つまり見えてもたった5秒間ぐらいだったということが報道されていたので、ここでもモナリザを見たい人が大勢集まっているのかと思っていたところ、モナリザの前にはほとんど人はいませんでした。

まったく拍子抜けでしたが、おかげで、あの「謎のほほ笑み」と言われる笑顔をゆっくりじっくり鑑賞させてもらうことができました。その時間は5分ほど、東京で見た人たちと比べれば約60倍もの長い時間、ほぼ独占状態でモナリザを鑑賞することができました。

たまたま人が少なかっただけなのか、いつもそうなのかは知りませんが、ルーブルの目的は主にそれだったので、夢のようなひと時を過ごすことができて大満足でした。

 

f:id:toratoramaru:20211114083719j:plain

(今は写真を撮ってもよいようですが、当時は撮らないよう注意されました。)

 

その後は出張でパリを訪れたことが何度かありますが、いずれも7月の初旬、パリ祭の前後で、ちょうどバカンスも始まる頃で、街の中がなにやらウキウキしている雰囲気でした。

仕事の合間をぬって、夏の明るい日差しの下でパリの街中を散策したり、郊外に出かけたり、カフェテリアで街ゆく人を眺めたりして、楽しいいひと時を過ごしました。

「パリに来るならやっぱり夏がよい」と実感しましたので、次回からは夏のパリで体験したいろいろな思い出を紹介していきたいと思います。

 

f:id:toratoramaru:20211115063714j:plain